安心院農園主川村さんは、大阪で子供服のデザイン会社を経営していましたが、50歳で人生二毛作と言うか第2の人生を都会ではなく、静かな田舎で自然とともに生きようと決意しました。
<うどん好き>
旦那さんの文孝さんはうどんが好物でして「手打ちうどん」をやってみたいと思い、四国の讃岐で旨いうどん屋を見つけ勝手に弟子入りをして、住む場所を四万十川付近でうどん屋を経営する場所を宿毛で探していたのですが。
<疑問に気づき>
住む場所は自然豊な田舎を選択しても、うどん屋を経営するには人が沢山いないと成り立たない事に気づいたのです。
そうです、住みたい場所には人が少なく、仕事とのギャップに悩むようになったのです。
<住む事を優先そこで>
田舎に暮らす事を優先して考え出た結論が”農業”。但し、家庭菜園的なものではなく、どうせ思い切ってやるのなら専業農家として立派に生計が立てられるようなそんな農業を営み田舎で暮らすことに決めたのです。
<葡萄・ぶどう、そして安心院>
田舎での農業を選択して九州の花、椎茸、苺イチゴ、葡萄などいろんな場所で出向いて、直接農業就農者に話を聞いていた時、自分たちの条件にぴったしの安心院の葡萄の新規就農募集を知ったのです。ご夫婦ともに葡萄は好きな食べ物でしたので、非常に魅力を感じてしまったのです。
葡萄に焦点を当てて情報を収集するうちに、大変興味のある栽培方法と出会ったのです。それが 根域制限栽培!広島の果樹試験場と根域栽培農家をこの目で確認してこの方法なら素人の自分達にもやっていける自信が芽生え、思い切って安心院での新規就農募集に応募したのです。
<暖かい心と広い心>
新規就農の制度は中央官庁行政の指導が厳しく、現場現地の状況や情報が反映されにく、日本全体と同じですが何も解らないエリート官僚達の害が色濃くでている制度の一つです。
安心院町の担当者は川村さんの栽培方法などの相談に快く了解して、新たな方法でのチャレンジに応援してくれたのです。
”ここに 第2の人生のスタートを切ったのです”
葡萄ぶどう園の名前は、安心院を代表する事を目標に「安心院農園」と決め、第2の人生の社長は奥さん貞江さんで、旦那さんの文孝さんは番頭としている点も、人生を楽しみ・人の温かさ・人生の機微を知るお二人の成せる技ですね。
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農園のポリシーは
「農業を楽しく、心のゆとりが感じられ、
都会人が考えた こんな安心院農園ならいいのになあ〜」
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